July 01, 2012

ジンバブエ一周、2500kmの旅。


 南部アフリカの中堅国、ジンバブエ。
 2009年まで続いた天文学的ハイパーインフレの印象が未だに根強く、ムガベ大統領の独裁政権が続く国としても悪名高い国ですが、本来は豊かな自然に恵まれ、穏やかな人々が暮らす魅力的な国です。かつては英国の南部アフリカ開拓の要衝、南ローデシアとして知られ、英国系を中心にヨーロッパ系の人々も未だに暮らしていて、植民地時代の名残も留めています。ザンビアとの国境には世界三大瀑布のひとつとして知られるヴィクトリア・フォールズを擁し、欧米、また日本からも数多くの観光客が訪れています。
 20126月、そんなジンバブエ(+ちょっとだけボツワナ)を、自分で車を運転して一周してみました。


 首都ハラレを出発してグレートジンバブエ遺跡(UNESCO世界遺産)で2泊、ジンバブエ第2の街ブラワヨで1泊してカミ遺跡(UNESCO世界遺産)を見物。ワンゲ国立公園の中のキャンプで2泊し、ヴィクトリア・フォールズ(UNESCO世界遺産)で2泊。その間に国境を越えてボツワナ側のチョベ国立公園に日帰りのサファリ旅行。ブラワヨに戻ってマトボ遺跡(これもUNESCO世界遺産)にあるキャンプで1泊して、ハラレまで。計89日、走行距離は2500kmを超えました。


 「ジンバブエ」の国名の由来にもなっているグレートジンバブエ遺跡11世紀〜15世紀頃に栄えたサブサハラ最大の都市の遺跡です。最盛期には12万人が住んでいたと言われます。


 高さ11mに達する石積みは、モルタル等は使っていません。ひんやりと涼しい風が吹きます。


 ローデシア時代には、アラブ、フェニキア、ユダヤ、ギリシャあるいはエジプトなどの文明の一部ではないか考えられていましたが、現在ではアフリカ固有の文明の遺跡であることが分かっています。15世紀頃、人口が増え過ぎ森林資源等を使い尽くしたために滅びたと言われています。


 グレートジンバブエ遺跡に隣接する宿も、遺跡を模した石積みの壁です。


 グレートジンバブエ遺跡はカイル湖(ムティリクウェ湖)の近くです。カイル湖はジンバブエで二番目に大きいダム湖です。(一番大きいのはカリバ湖。)


 UNESCO世界遺産・カミ遺跡。石器時代から人が住んでいたところで、グレートジンバブエが衰退した後の15世紀にトルワ国の首都と定められ、17世紀に北部から侵入したロズウィ国に滅ぼされるまで繁栄しました。(トルワはグレートジンバブエの末裔か、少なくともその影響を受けた国だそう。)ジンバブエ第2の街、ブラワヨの郊外にあります。


 ジンバブエ最大の動物保護区、ワンゲ国立公園。広さはスイスと同じくらいだそうです。写真は今回泊まったキャンプの全景。水辺の前にあるので、特に乾期には動物が集まってきます。


 宿の前の水辺。ウッドデッキで冷えたワインを飲みながら見られる景色です。乾期が始まり、紅葉の美しい季節で、車で走っていると軽井沢かどっかのような感じなのですが、いきなりゾウの群れが車の前を横切るような場所です。




 ナツメヤシの木は誰かが植えたはずなんですけど、今となってはいつ誰が何のために植えたのか分からない、っていう話でした。サルにとっては木の実が取れるし木の上は安全なねぐらになるし、といことで好都合なようです。



 ヴィクトリア・フォールズ・タウンから70km、国境を越えてボツワナ側のチョベ国立公園。この先でザンベジ川に合流するチョベ川のボツワナ側に広がる動物保護区です。対岸はナミビア。ゾウがたくさん。キリン、セーブル、クドゥ、インパラ、バッファロー、ヌーなどなども。


 そして、川沿いなのでカバも。


 ワニもいる。


 泳ぐゾウ。中州に生えている草を食べに行くところです。


 そしてこれ。ライオン。ちなみに雄ライオンは縄張りのパトロールをしていて、サファリのガイドの人でも3ヶ月に1回くらいしか出会わない、と言ってました。


 そして旅のハイライト、ヴィクトリア・フォールズ。幅1.7km、最大落差100m超。滝というか、地の割れ目にザンベジ川の水が落ちる、というところです。


 やっぱちょっと、その場に行ってみないとこの迫力は伝わりませんねぇ。


日暮れ頃。


 ヘリコプターに乗って上空からも見てみました。水煙はかなり遠くからでも見えるし、ゴーって音も聞こえる。



 滝を境に左側がザンビア、右側がジンバブエ。谷に架かっている橋は100年以上前にスコットランド人が建設したもので、ザンビアとジンバブエの国境です。ちなみにこの橋でバンジージャンプができます。


 ホテルのバーから見えるヴィクトリア・フォールズの夕暮れ。


 ビールは地元ブランドの「ザンベジ」。


 ハラレに戻る途中、ブラワヨからちょっと逸れてマトボUNESCO世界遺産)へ。巨石がゴロゴロした景観も面白いけど、ここが世界遺産なのはそれだけが理由じゃない。


 こんな壁画がマトボの丘陵地帯の中に大小数千か所もあり、まだ見つかってないものもきっとある。この地に住んでいた先史時代の人々(サン族)が残したもので、概ね6000年前までに描かれているそう。その後、この地にはあまり人が住まず、再び人が住み始めたのは2000年前からとのこと。


 この洞窟から見つかった若い女の骨は9000年前のものだったと聞きました。


 そして、マトボが世界遺産になっているもうひとつの理由は、ここがこの地の民族・ンデベレ人の聖地であり、同時に英国の南部アフリカ開拓の先駆者たちの聖地になっていたことです。「ローデシア」の名前の由来になっているセシル・ローズ、ローデシアの総督を務めたジェイムソンの墓が「View of The World」と呼ばれる丘の上にあります。

*   *   *

 ジンバブエ。旧英領ということもあり、欧米からの旅行者はそれなりに多く、要所要所にはアフリカのクラッシックなサファリの味わいたっぷりの快適なキャンプや、コロニアルな香りの残る素敵なホテルがあります。UNESCO世界遺産は5か所あり(今回はそのうち4か所を制覇)、首都ハラレには国際大会が開けるレベルのゴルフ場もあったりする。年を通じて暑くもなく寒くもなく、特に乾期はお天気の心配をする必要のない日が続き、観光地としてかなり魅力的だと思います。

 しかし、いかんせん日本からは遠い。パッケージツアーで南アフリカのケープタウンと組み合わされているヴィクトリア・フォールズに行くのは定番ですが、それ以上に足を延ばすのはなかなか難しいところでしょうね。日本とほぼ同じ広さの国土ですが、国内交通はもっぱら車しかない、というのも難点か。

 このご時世なので、行こうと思えばネットで宿を予約して個人旅行もできますが、宿代がもともとそんなに安くないところなのに、日本人観光客価格でさらに高くつくことも覚悟しなくちゃいけない。土地勘がないといきなり個人旅行は難しいかもしれないなぁ。

 幸い私の場合は南部アフリカ滞在が長く、なんとなく勝手も分かっていたので、物好きな友達がわざわざ東京から遊びに来てくれるという機会を捉えて決行できました。そうでもないと「ジンバブエ一周2500kmを車で」なんて旅行はあまり思いつかないですよ。たぶんこんな旅行をした日本人はほとんどいないんじゃないですかねぇ。

 しかしまあ、盛りだくさんでとってもよい旅になりました。ハードルは高いですが、南部アフリカの魅力を味わう旅、オススメです。


June 03, 2012

貧困対策には投資も重要なんだけど。




 途上国の貧困対策には国際援助より投資が必要、という主張はそのとおりだと思うのです。国際援助の価値を軽んじるわけではないし、その役割、意義は確かにあるんだけど、貧困から脱し自立するには結局商売、経済が回ることがカギで、そのためには資本がないといけない。だから投資が必要で、国内に十分な資金がない途上国では海外からの投資の誘致が重要な課題になる訳です。現に中国は30年前から、インドは20年前から、ザンビアやモザンビークも4、5年前から市場開放、規制緩和を始めて投資を誘致し、顕著な成果を上げてます。ミャンマーもこれから来そうですよね。

 ところが、アフリカの後発途上国の中には、口では「投資が必要」と言いながら、元々汚職や腐敗、政情不安で投資リスクが高いのに、さらに外資系企業を搾取するような規制を導入して、投資のインセンティブを削いでる国も見聞きします。株主の目があり、コンプライアンスもうるさい日本や欧米のマトモな企業がなかなか投資に踏み切れないのも道理なんです。また、そういう国は得てして天然資源が豊かで投資先として潜在的には魅力的なんですけど、そういう後発途上国の指導層は、海外からの投資が経済活動の資本になっていくことよりも先に、自分の懐を豊かにしてくれることを狙っているように見え、そんなところに投資はできっこないなぁと、素人の私でも思います。

 で、そこに入って来るのが中国企業。節操なく参入し、相手側とズブズブな取引をして利益を上げているように見える。まあ、ある意味中国企業は大きなリスクを取っているわけで、単純に非難されるべきことではないけれど、日本企業や欧米企業が真似できることではない。で、中国側と途上国の指導層はwin-winの良好な関係を築いていると自慢されまして、確かに彼らに取ってはwin-winでしょう。お互いにうまい汁を吸っているわけで。

 というわけで、日本はアフリカ進出で中国に遅れを取っている!と騒がれても、そもそも中国と日本のアフリカにおける立ち位置が違いすぎて、競争にさえならないです。

 しかし、理想的な投資環境が出来るのを待っていたらいつまで経っても投資に踏み切れないし、ただ出遅れちゃうだけなので、日本は日本で、相手側に真っ当な取引を迫りながら、公正で持続可能なビジネスの実践を促し続けるしかないんでしょうかね。

 どうなんでしょう、商社の方々?

May 26, 2012

交通事故対策@ジンバブエ。



交通事故が多いのです。
統計の数字は忘れてしまいましたが、明らかに多いとのこと。ジンバブエの話です。

当地には比較的長く滞在しているので、自分で車を運転しているのですが、私の一日の運転距離は40kmくらい。それで、週に1、2回は交通事故現場を通りかかってしまうくらいの頻度です。5人、10人が死傷する交通事故のニュースも毎週のように新聞に載ります。

交通事故の原因には、「道路や信号の整備状況が悪い」、「歩行者の安全意識が低い」、「整備不良の車両が少なくない」といったこともあるんですが、一番の理由はコンビと言われる小型乗り合いバスの運転マナーの悪さです。

客を拾うための急停止、交差点内など不用意な場所での停車、無謀な追い越しやUターン、右折車線からの直進や直進車線からの右折(ジンバブエは日本と同じで車は左側通行です)、二重駐車や蛇行運転など、ヒドい運転が多いのです。

このコンビ、元は日本で走っていた812人乗りのバンの中古車のシートを付け替えて、ギュウギュウ詰めで20人位乗れるようにしたもの。なので、交通事故を起こすと死傷者の数も多くなります。

政府や警察も交通事故が多いことを問題と意識はしているようで、対策を打ってはいるんですが、その対策がまた的外れが多くてですね。「すべての車は消火器を搭載しなくてはいけない」、「車の前部バンパーの左右には白の反射シール、後部バンパーの左右には赤の反射シールを貼らなくてはならない」「コンビは営業登録をしなくてはいけない」・・・。結局、警察があちこちで検問所を作って、そこで車を停めてドライバーに難癖つけて小銭を巻き上げる機会を増やすだけになっています。それどころか、巻き上げた小銭が警察官の懐に入るだけでなく、欧米諸国では極めて不人気なムガベ大統領与党の活動資金になっているという話もあったり、果ては検問所自体が交通事故を誘発している実態も聞かれます。

*   *   *

しかし、なぜコンビが関わる交通事故が多いのか。なぜ、コンビが無謀運転をするのか。

実はこのコンビの運営形態に問題があると思うのです。コンビに使うバスはそれなりのお金がないと買えないので、資金のある人が買って、運転免許を持っている失業者に貸して営業させているケースが多いらしく、その元締めにはインド人、パキスタン人が目立つとか。

バスをたとえば1100ドルとか、月2000ドルとかで借りて、コンビの営業をするわけですが、借りた方としては元締めに払う金額は決まっているので、出来るだけたくさん客を乗せて、できるだけたくさん走った方が稼げることになります。それで、多少の無理を押してでも朝早くから夜遅くまで、客をギュウギュウに詰めて無茶な疾走を続け、しばしば事故を起こす。

そういう構造的な問題には手を付けず、当局は的外れな規制やコンビのドライバーの締め付けで対策を打った気になっています。道路や信号の再整備は時間もお金もかかるので一朝一夕にはできないとは思いますけど、たとえばコンビの運行は認可されたバス会社にしか認めないことにして、運転手はバス会社の社員でなくてはいけない、というルールにするだけでも無謀運転は随分減るんじゃないかと思うんですよね。小金のあるやつがバスを買って、街をブラブラしている若造にコンビを営業させるのが有利な資金運用になっているという状況は良くないでしょう。

*   *   *

と、ジンバブエの当局の、実態や構造を見ない、その場限りの気分や思いつきに過ぎない交通事故対策を批判的に書きましたけど、最近、似たような話はジンバブエじゃなくても聞きますねぇ。

問題が起きる構造を考えず、問題を起こした人を叩いて溜飲を下げ、対策した気になる。最近、我が日本国でも多い話じゃないですか?

May 13, 2012

どこの自動車ショーでしょう?

まずは、今週末に開催されていた自動車ショーの写真をいくつか。

この日はちょっと雲が多かったけど、この時期、この場所は雨の心配はないので、屋外での開催です。

割と大きなブースを構えていたのは日産。Juke、Almera、X-Trail、Pathfinderから、

GTRまで。


HONDA。バイクの展示も若干。

VolksWagen。

BMW。

トラック、バスとか、働く車の展示コーナーもありました。

Mercedes。


Jaguarのブース。写真の黒い車は最高級サルーンのXJ。一番奥はワインバーになってます。

クラッシック・カーの展示、販売もやってました。写真は世界初の量産自動車、Ford T。

牽引車。この土地らしいもの。

車と関わりの深いレジャー用品のコーナー。

中央ステージ。

この他にも、Mazda、Subaru、Hyundai、Chrysler、Kia、それから中国メーカーの展示も。さらにはKawasaki(二輪車)やYAMAHA(ボート)、整備用ツールの類い、カーナビ等の出展もありましたよ。子どもたちのための移動遊園地もあれば、アイスクリームやバーガー、バーベキューやピザ、ワインやビールも売ってて、楽しいイベントになってました。

*   *   *

さて、私が今どこに滞在しているか知っている人には驚きはないでしょうが、この自動車ショーが開催されている場所が、日本の方々にとっては意外なのではないかと思って紹介してみました。ひとつ上の写真のステージ下の表示(看板じゃなくて、電光表示板です)を見ていただければ分かるのですが、ここはジンバブエなのです。

ぱらぱらと黒人も写っていますけど、白人も多いです。ちなみに、これだけ日本メーカーの展示があるのに、会場で見かけた日本人の関係者は一人だけでした。



2009年初頭にはハーパーインフレの末に経済崩壊に至っていた国、ジンバブエの今です。

まあ、首都ハラレと地方との間には極端な格差があるので、ハラレで開催されているこの自動車ショーをもってジンバブエを語ることはとてもできないのですが、この国は元々英国系を初めとするヨーロッパ系住民によって拓かれ(植民地化され)、1990年代までは中進国といっていい水準の国だったんですよね。それで、首都にはまだ白人住民もそれなりに住んでいて、ここだけ見てるととてもアフリカじゃない雰囲気でした。

May 08, 2012

「希望の国の不幸な若者たち」


 斜めにしか読んでいないんですけど、古市憲寿氏の「絶望の国の幸福な若者たち」という本は、すごく端折って言うと、日本の若者たちは今よりも将来の方が良くなるという感覚を持てないので、とりあえず過不足のない今の状態を幸福だと感じる構造がある、という話だったように覚えています。

 というとこれは、今私が滞在しているアフリカの貧困国のようなところでは話が反対になりますよね。「アフリカ」で一括りにするのは雑過ぎるのは分かってますが、まあ一般に後発発展途上国のことと考えていただくと、そういう国々では今がヒドイ、ところによってはこれより悪くなりようがないという有様なので、今現在に不幸を感じ、将来はきっと良くなると希望を持つという理屈になる。「絶望の国の幸福な若者たち」の反対、「希望の国の不幸な若者たち」です。「貧しいけれども子どもたちの瞳は輝いていました。」っていうやつです。そして確かに、アフリカの途上国の若者たちの間にはこの種の希望が存在していますよ。

 これ、要は「明日は今日より豊かになる」っていうだれにでも当てはまりそうな一般的な希望は、言外に今は貧しいという前提があるということです。たぶん、物知り顔で「日本は将来に希望が持てない社会だ」なんて嘆いて見せている人たちの言う希望もこの「一般的な希望」のことで、だとしたらむしろ、そういう「一般的な希望」を持つ人が少ないということは、豊かな社会だということの証左になるんじゃないでしょうかね。

 所得倍増だのと列島改造だのと言って、みんなが希望に満ちているように見えた時代の希望も「明日は今日より豊かになる」っていう「一般的な希望」で、そこに暮らした個々人は日々邁進していれば、確かに豊かになっていったんでしょう。学校を出て、会社に勤めてバリバリ仕事をして、適当なところで結婚して郊外に家を買い、そこで子育てをして温かい家庭を築く、そういう幸せの定型があって、現にその定型の幸せが実現されていった、みんなそれなりに「一般的な希望」に実現に近付いていることが実感できた時代だったんだと思います。

 そして、日本はその「一般的な希望」の時代を卒業した。で、それが本来の意味で先進国っていうことじゃないのかなと。ひたすらに豊かになることを追い求めるだけなら途上国です(※)。そしてその豊かさに到達した先の「希望」はもはや「一般的な希望」ではあり得ない。個人個人が自らのミッションを背負って生きる、多様性の時代になっているんでしょう。「一般的な希望」ではなく、それぞれの「多様な希望」が活きてくる時代だと思いたいよね。

「一般的な希望」==>今は貧しいけど、明日は今日より豊かに。
「多様な希望」==>豊かな社会は実現したので、それぞれが新たな創造を。

 「多様な希望」の中身は学校も政府も、親でさえも示してくれない。まして「子どもたちに希望を」なんて空疎な言葉を吐いてる人に期待するのは無理でしょうねぇ。

*    *    *

※アラブの産油国とか、GDPだけ見ると先進国なんだけど、なんか先進国な感じがしない。他方でそれより経済的には貧しい南欧諸国は一応先進国扱い。「豊かさを追い求めるだけなら途上国、その先を見据えるのが先進国」と考えると、なんとなくそれも合点がいくような気がする。

April 22, 2012

年齢を3で割る。


年齢を重ねるごとに何をなすべきか、どういう境地で過ごすべきかいうことを語る格言めいたものは昔からたくさんあって、よく引き合いに出される論語の「三十而立、四十而不惑、五十而知天命・・・」っていうのもあれば、「男が○○才までにやっておくべきこと」っていう感じのタイトルの本もたくさんあります。

 そんな中、いつどこで誰から聞いたのかは忘れたんですが、ずっと覚えている話がひとつ。「自分の年齢を3で割って、時刻になぞらえる。」というやつです。


 たとえば、私は40才になっちゃったんですが、3で割ると13.3で、これは13時、午後1時を過ぎたところ。午前中の清々しさはなくなったけど、まだ日は高いし、午後からもう一仕事できる時間。人生の午後1時過ぎ。


 18才なら、3で割ると6。午前6時、これから一日が始まるところ。60才なら、3で割ると20。午後8時。まだ残業に励む人もいるかもしれないし、家でほっと息をつく人もいるかなっていう時間。


 243倍が72という平均寿命に近い値になるので、こういう計算ができます。まあ、日本人の場合、平均寿命が男79才、女86才にまで延びているので3ではなく3.5位で割った方がいいのかもしれないですけどね。


 *   *   *


 いろんな生き方をする人がいて当たり前、多様性こそ尊重されるべきだと思うし、そもそも私自身が、2223才で就職して、30才くらいで結婚して35才くらいで家を買って、子どもの教育費がかさみ始めるのが45才くらいで・・・っていう保険屋が作ってくる「ライフプラン」のような生き方からはかなり外れているので、「○○才までに△△をやるべき」みたいな格言は「ふーん」くらいにしか聞こえません。


 でも、人生が有限であることは厳然とした事実です。他の格言を忘れても「3で割る」という話を忘れないのは、この計算が、自分が今、人生のどのあたりにいるのかを直感的に示してくれるからなんでしょうね。

April 07, 2012

予言者とマラウィの大統領と確率の話。


ナイジェリアで人気の予言者(本当は伝道師、説教師なんでしょうが、予言で有名)のT.B.ジョシュアという人が、「60日以内にアフリカの指導者が死ぬ」と予言したのが先々月の2月。誰が死ぬんだろうと話題になり、ワッド・セネガル大統領(85歳。こないだ落選して前大統領になりました)、ムガベ・ジンバブエ大統領(88歳)、キバキ・ケニア大統領(81歳)などの名前が取りざたされました。現職の元首じゃないですが、その死を語ることがほとんどタブーなっているマンデラ元南アフリカ大統領(93歳)、ノーベル平和賞を受賞したツツ司教(81歳)など、他にもアフリカには高齢の指導者が多いです。

そのT.B.ジョシュアが、「死ぬのはムガベ・ジンバブエ大統領ではない」と示唆したのが先週。そして昨日(45日)、マラウィのムタリカ大統領が心臓発作で急死していたのが明らかになりました。享年78歳。これでまたT.B.ジョシュアの人気が上がるのは間違いなしだと思います。

人の死を喜ぶのは趣味じゃないですけど、最近マラウィは旧宗主国英国との対立姿勢を強め、インフレ、燃料不足が激しくなるなど「ジンバブエ化」が進み始めていたので、大統領の死は政策の方向転換をする機会になるかもしれません。

*   *   *

まあしかし、アフリカには高齢の指導者が大勢いるので、「アフリカの指導者が死ぬ」という予言は的中し易いはずですよ。アフリカ大陸には54カ国あるので、少なくとも国家元首は54人いる。で、元大統領、宗教指導者、ノーベル賞受賞者とか、「指導者」と呼べる人はそれ以上いるわけです。

それで、フェルミ推定よろしく、仮に「指導者」が100人いるとしましょう。そしてアフリカの人々の平均寿命を50才と仮定しましょう。平均寿命50才というのは、無作為抽出した50人を1年間観察していれば1人は死ぬだろう、と言っているのと同じです。「指導者」たちは無作為抽出した人々よりも高い健康管理を受けている可能性が高いとはいえ、他方、高齢の人も多いので、まあ、そのまま50才という値を使ってもそうおかしくはないでしょう。

そうすると、指導者が100人いれば確率的には1年間に2人くらい死ぬのが当たり前、ということです。200人だとすれば3ヶ月に1人。

ということで、T.B.ジョシュアの「60日以内にアフリカの指導者が死ぬ」という予言は確率的に結構的中する可能性の高そうな予言です。

・・・という理屈をこねても、彼の信者たちには聞こえないんでしょうけどね。

March 25, 2012

国際機関に勤める日本人のジェンダーバランス。


途上国に勤務したり、途上国に出張したりすることが多いのですが、そういう国でお会いする日本人は国連など国際機関に勤務されている方が多いです。そして、そういう仕事をしている人たちには圧倒的に女性が多いんですよね。男性が珍しく見えるくらいに。

国連機関職員への道として知られているJPO試験の合格者も圧倒的に女性が多いそうで。

際機関で途上国勤務というと、「困っている人を助ける」という仕事が多いので、「母性」と親和的だから女性が多いというのもあるのかもしれませんけど、話を聞いているとどうもそれだけでは説明できません。あるいは、以前よく言われていましたが(今でも聞かれますが)、実は男性の方が臆病で女性の方が肝が据わっていて逞しいからだとか、女性の方が異文化に柔軟に適応できるからだとか、はたまた外国語を学ぶのは女性の方が得意だからだとか、男女の性差の特徴だけにその理由を還元してみても、それだけではないような気がします。

むしろ女性が多い理由は日本の労働慣行、社会の倫理観にあるように思います。北海道大学大学院教授の山岸俊男氏が、日本社会は実はリスクが大きいという話をよく書いていらっしゃるのですが、それが理由の説明になるんじゃないでしょうか。

山岸先生のお話は、ものすごく要約すると、日本ではまだまだ正規雇用で定職に就くことが「よいこと」と考えられていて、その道を外れると再起が難しく、仕事の仕方や生き方を自由に選ぶことのリスクが高いという趣旨なのですが、これは特に男性の方に覆いかぶさっている世間の「空気」です。

女性には結婚なり出産なりで適当なところで退職し、子育てが落ち着いたらパートタイムで働きに出る、という古典的なイメージがあって、仕事を辞めてもそれで社会から落伍したとかいうようには見られません。ところが男性は、今でこそ違う意見も聞かれるようになってますけど、それでもまだ正規雇用でちゃんとした会社に勤めるのが当たり前という考え方は消えた訳ではありません。結局、経営者かフリーランスか、あるいは最近よく聞くノマドで食っていけるような才能がある人でない限りは、社畜の道を選ぶか、そこから脱落してワーキングプアか引きこもりになっちゃうか、という極端なパターンしかないように見えてしまっています。

国際機関の仕事というのは、基本は有期契約です。ポストに応募して、数ヶ月から数年の仕事を得る。そして契約が終わる頃に次のポストを見つける。そういう契約を繰り返していく働き方です。ジョブ・セキュリティ(職業の安定性)という観点からは不安が多い働き方に見えます。そして、この働き方は日本人男性の今までの働き方の常識からすると、受け入れ難いほどリスクが高いと映っているのではないでしょうか。

日本は、特に男性の場合、余程の才能がある人でもない限り、転職したり起業したり、職業人生の中で何かチャレンジをすると、それが失敗した場合のリスクが高過ぎる社会です。それが当たり前と思っている世界から見ると、23年おきに契約満了を迎え失職するような働き方は、リスクが高過ぎてとてもじゃないがやってられないと映るかもしれません。あるいは本人が納得していても、親や家族がいい顔をしない。

典型的だったのが、国際機関の途上国にある事務所で、日本でサラリーマンやってるより相当高い待遇を得て母子保健の専門家として働いている人が、未だに親から「いつまでフラフラしてるのか。いい加減にちゃんとした仕事を見つけて落ち着いたらどうか。」と言われると話していたことでした。契約を繋いでいくような働き方が「ちゃんとした仕事」とは思われていないのです。「ちゃんとした仕事」に就けなくなるリスクが高くなるから、早くそこから足を洗えと言っているのです。

実際には、有期契約の契約期間が満了したら次のポストが見つかるか、あるいは民間や政府機関の仕事に就くか、さらには大学院に行ってみたり、しばらく仕事に就かず主婦・主夫で子育てに専念したり、自分の事業を始めてみたり、まあみんなそれなりになんとかなっているんですけどね。

国際機関で働くという選択は、複線的な生き方を選ぶことになりがちです。しかし、日本人男性は、どこかに就職して勤め続けるという単線的な生き方を標準的とする見方がまだまだ根強くて、国際機関での仕事に挑戦しにくいのでしょう。女性の方がそういう束縛からはより自由だったので、結果、国際機関にいる日本人は女性ばかりということになっているんじゃないかと思うのです。

国の雇用政策は、相変わらず労働者の正規雇用化を促進させる方向で、会社が正規雇用を維持すれば補助金まで出すようなことまでやっています。安定した正規雇用が正しいのだというメッセージを出し続けているようにも見えます(安定しているのかどうかは大いに疑問ですが)。

正規/非正規の区別の意味がなくなり、仕事を辞めても辞めさせられてもそれでたちまち食い詰めるということがなくなり、解雇もしやすいが転職もしやすい、そういう雇用環境が当たり前になる時代がこないと、国際機関で働く日本人男性は増えないんじゃないかなぁと思う次第です。



追記:
選挙で選ばれるような国際機関の上級幹部や機関代表の職についてはまた別の話です。各国政府が候補者を立てて選挙に挑み、日本の場合は候補者に高級官僚、大学教授、財界人等が選ばれることが多く、男性の方が多くなりがちなようです。

March 24, 2012

交通の要衝は大きな街だという当たり前のこと。

縦横1mくらいの大きな南部アフリカの地図を見ているんですけどね。

血管のように道路が走ってて、その中でも特に重要な幹線道路は赤線で描いてある。南部アフリカを覆う赤い網みたいに見えます。そして、ところどころに網目の結節点がある。いくつかの幹線道路が集まる点。そこはたいてい大きな街です。

ひとつの点(街)に何本の赤線(幹線道路)が集まっているか数えてみた。

赤線が5本集まっているところ。
*ヨハネスバーグ・プレトリア(南アフリカ首都圏)
*ナイロビ(ケニア首都)
*ハラレ(ジンバブエ首都)

赤線4本。
*ウィンドフック(ナミビア首都)
*ハボロネ(ボツワナ首都)
*ルサカ(ザンビア首都)

赤線3本。
*キンシャサ・ブラザビル(それぞれコンゴ民とコンゴ共の首都。河を挟んで隣接。)
*キガリ(ルワンダ首都)
*カンパラ(ウガンダ首都)
*ブジュンブラ(ブルンジ首都)
*ダルエスサラーム(正確には赤線2本+国際港。タンザニア首都)

南アフリカには首都圏以外にも赤線が集まる点(ケープタウンとか)が複数ある。

南部アフリカの地理感覚がない方々にはピンとこない話で恐縮ですけど、赤線がたくさん集まるところ、要は「交通の要衝」が首都になってるところが多くて、しかも集まる赤線の数がより多いところが、より格上の街になっているように見えます。

道路が集まるから街が栄えるのか、街が栄えるから道路が集まるのか、まあどちらもあるんでしょうけど、道路網というインフラが経済発展には重要なんだなあと改めて気づきます。

March 11, 2012

経済が崩壊するっていうこと@ジンバブエ。


ジンバブエの首都、ハラレに滞在しています。

この街は、アフリカにあるたくさんの発展途上国の首都とは違う特徴がひとつあります。アフリカの多くの国が破綻国家とか「後発」発展途上国とか言われ、ジンバブエも今でこそそのカテゴリーに入れられてしまってますが、ジンバブエ、そしてハラレは、一度はそのカテゴリーを脱し、中進国だった時代がある場所なのです。

1980年の独立以降、80年代から90年代にかけては、宗主国イギリスが残した都市基盤や行政機構がほぼそのまま残され、ヨーロッパ系市民も居残り、農業、鉱業、製造業、サービス業がバランスよく栄える国でした。周辺国が干ばつ被害に遭っていても、整った灌漑設備による近代農業で穀物を輸出し、「アフリカのブレッド・バスケット(パン籠)」と呼ばれていました。首都ハラレは緑深く、中心部は碁盤の目状に道路が整備され、およそ一般的に思い浮かべる「アフリカ」とは思えない街並だったはずです。むしろ、オーストラリアやニュージーランドに近い趣だったはず。

それがやがて雲行きがおかしくなり、失政と腐敗が国を蝕み、2000年代に入って急降下、2008年〜2009年頃にかの有名な天文学的ハイパーインフレに陥って最終的に破綻しました。

私が初めてハラレに滞在したのは2009年4月。ハイパーインフレの結果、自国通貨ジンバブエ・ドルが破棄され、米ドル等を使う外貨経済に移り変わろうとする頃でした。最悪の時期は終わり、最低限の物資は再度出回り始めた頃でしたが、ショッピングモールらしき場所は閑散として廃墟のようで、市内はどこも薄汚れて荒れていました。

街灯は折れ曲がり、道路は穴だらけ、信号も切れているところが多い。商店はどこも古びて閉まっているところが多く、開いていても品数は限定的。電気の供給が不安定になり停電が多発、上水道も供給されなくなるところが増え、火事になっても消防車も来ない。街角に立ってぐるっと辺りを見回してみると、あらゆるものが何かしら破れ、折れ、錆び、剥がれ、割れ、色褪せていて、ピシッと新しいものがひとつもないという状態でした。

市内で一番、二番のホテルに行ってみると、元は立派なロビーだったと分かるものの設備の古さが目立ち、床や壁も色褪せ、あちらこちらがギシギシと軋み、頑張って清掃してもそれだけでは追いつかない老朽化が隠せない状態でした。高いビルに行ってもエレベーターが全部まともに動いているところはまずないし、やむを得ずヒィヒィ言いながら階段を上っていると、フロアごと打ち捨てられて廃墟になっている階があったりしました。

病院は建物だけはそれなりに立派でしたが、薄汚れてお世辞にも清潔とは言えず、なにより医者がいません。私はただ検査を受けに行っただけなのですが、それさえまともにできない。(こともあろうに私が提出した検便の検体を病院側が紛失したんですよ!)国外に逃避するだけの資金がある、逃避しても仕事を得られる能力がある人から国を出て行ってしまっており、医者などというのはその代表格。医療も崩壊に近い状態になりました。ヨーロッパに逃避した人も少なくなかったそうですが、内陸国で陸続きの国がいくつもあるアフリカ、そんなに裕福でなくてもジンバブエを見限って南アフリカ等の周辺国に移動した人が多く、1200万人といわれた国民のうち、一説には400万人が国を出たといいます。貧しい国にはストリートチルドレンや乞食が付きものですが、経済が動いていないので乞食さえいないという状況でした。天文学的インフレで政府はまともな予算を組むことさえできず、2010年になってやっと米ドルで予算案を作成する始末。それもとりあえず公務員に月100ドルずつ払う、という程度のお粗末なものでした。

浄水場は停電の上に必要な水処理用の化学薬品を購入できず、さらには老朽化した配管の修理もできず、きれいな水の供給が不十分になりコレラが流行しました。コレラなんて健康な大人であれば死ぬような病気じゃなく、脱水症状を防ぐブドウ糖液の点滴くらいできれば何とかなるはずなのですが、病院が機能していないので4000人以上が犠牲に。母子保健も悪化し乳幼児死亡率が上昇、もともとHIVの感染率それなりにある地域なのにARV(抗レトロウィルス薬)も入手できず、平均寿命が40歳前後に落ち込むという悲惨な状況になっていました。

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あれから約3年。

製造業や農業の再興はまだまだですが、とりあえずお金は回り始め、人が戻って来て、あの廃墟だったショッピングモールの駐車場は満車、週末には渋滞ができるほどになりました。

自転車世界一周取材中」の「チャリダーマン」こと周藤さんがジンバブエの報告を書いておられて(「アフリカ諸国との格の違いを見せつけられたジンバブエの現状」)、今はまさにその報告のとおりなのですが、彼が「中心街にあるショッピングセンターと真新しいビル」と書いているものも実は途中で建設が止まって何年も放置されて、最近になってやっと工事がちょっとずつ再開されてなんとか見られるような姿になったもののようですし、品揃えのよい自転車屋があったという「Arundel Village Center」も、つい最近新装開店したもののはずです。

まだまだ医療はどうしようもなく、水も電気も不安定で、道路も穴ぼこだらけですが、店舗の改装や新規オープンも増え、やっと徐々になんとかなりはじめたという印象です。

(ちなみに、チャリダーマンさんとはハラレ市内でお会いして一緒に食事して、これまでの自転車旅の話など聞いたんですよ。興味深かったです。)

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結局、経済なんです。

少子高齢化、人口減社会の日本では、「もはや経済成長を追い求めず、貧しくても心豊かな生活を実現する社会にパラダイムシフトを。」とか、縮み指向な意見を聞くようになりましたが、そんなのは幻想だと思うのです。

ジンバブエほど酷いことにならないとしても、経済が傾くというのはどういうことか、その一端をハラレで見ることができます。福祉や教育は真っ先に壊れてしまう。新しいものは生まれなくなる。生活に精一杯で深い思索は減る。それで心豊かにいられるでしょうか。

金さえ回り始めれば、相当のことは片付く。「お金で買えないもの」「お金に換算できない豊かさ」があるのは分かりますが、それもまずはお金が回っているから言えることだったりする。世の中、清貧を実践できる聖人ばかりではなく、心豊かな生活には元手が必要なのです。人に優しくするにも元手がいるのです。

ジンバブエは中進国の時代があり、経済を崩壊させた時期があり、今また徐々に息を吹き返しつつある状況です。極端な事例であることには違いないですが、数学やってて関数の性質を知りたい時に「0」や「∞」を入力してみると参考になるように、ジンバブエの事例は、経済の浮沈によって自分たちの生活がどう変わるのかを示唆してくれます。

経済成長をGDPで測るのがよいのか、一人当たりGDPで測るのか、GNIなり購買力平価なりを見るのが良いのか、そんなことはよく分からないのですけれど、でもとにかくお金は回していかないといけない、そんな当たり前のことに気付くジンバブエ滞在です。